2010年10月06日

「最近の中国情勢」@経済について―来年下期から浮揚も時限爆弾に注意を

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講演する古屋氏(右)。来年後半までの中国経済の減速を予測

伊藤忠中国総合研究所の古屋明代表の講演要旨は次の通りです。
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まず「中国経済」について。中国は2008年のリーマン・ショックによる世界不況を『一党両断』で見事に乗り切った。つまり一党独裁という政治力を最大限に発揮、ピンチをチャンスに変えてV字回復を図り、その実力を世界にプレゼンスした。中国は内政面ではチベット問題や農村問題、格差や賃金問題などいろんな弱点を抱えるが、外圧には圧倒的な強さをもつことが今回も証明された。

 しかし4兆円(56兆円)にも上る大型景気刺激策に代表されるように、政府も金融機関もお金を出し過ぎたことによる後遺症が表面化しつつある。市中で金がダブつき始め、不動産中心にバブル現象になっており、政府や金融機関はいま必死に引き締めに走っている。この結果、中国経済は「2010年に入って減速局面にある」とまとめることができる。

 これを数字でみると、今年1〜6月のGDPは前年同期比11.16%と確かに高い。これはあくまで前年同期が低かったためで、7〜9月は10%、10〜12月は9.5%が予想され、年間トータルでも10%台を確保できるかどうかとされている。引き続き引き締め政策を強めており、後半から来年前半にかけて減速は止まらないものと思われる。

 ただ来年後半から浮揚期入ると予想される。あえて言えば、どうあっても浮揚させざるを得ない事情がある。背景には、2012年秋に予定されている第18回党大会の開催がある。つまり胡錦濤執行部9人のうち7人が引退して世代交代が行われる予定だけに、この円滑な権力交代には経済安定と社会不安抑制が不可欠となっている。そこで11年後半から12年にかけて、抑制策を転換して景気浮揚策が講じられるものと予測される。

 もっとも中国の金融システムは、数個の時限爆弾を抱えていることを認識しておく必要がある。まず融資の拡大は地方政府から各企業に多く流れるという点。それ以上に怖いのは、不動産への融資だ。ご承知の通り中国の土地はすべて国が所有し、民間は地上権のみ借りる。実はその地上権使用料が、中国財政総収入100兆円の20%を占めているわけで、中国にとって土地は高くないとだめなのである。

 上海では総財政収入の22%、北京に至っては46%も占める。このため各地方もプロジェクトチームを作って積極的に土地収入の拡大に動いており、中国では不動産バブルは常に起こる「宿命」といっても過言ではない。そして3つ目が生産過剰業種への投資。セメント、アルミ、風力発電さらには鉄など、そうでなくても生産能力が過剰といわれている業種に、引き続き投資が行われている。この需給ギャップの悪循環は一向に改善されていない。

 以上、地方政府から地元企業、不動産業界、生産過剰業種の3分野へ流れた資金がもし、不良債権に陥り担保割れ、返済不能という事態が生じると、中国経済は大変なことになる。

「成長は全てを隠す」といわれるが、成長・安心をキーワードとする中国にもこういった時限爆弾があることを十分認識していただきたい。その上で、中国の「発展の光」と「やや弱い陰」の両者を見極めつつ、攻めと守りをしっかりして事にあたるべきだ。(つづく、次回は労働争議と人民元問題)
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2010年10月05日

海外との付き合い―日本人が変わっていることを認識する必要も

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右から挨拶する谷井会長、関空貨物施設、国際郵便内など
 日本と中国の民間経済交流で最初に井戸を掘ったのが、半世紀を超す歴史を持つ「日中経済貿易センター」(谷井昭雄会長)という会員制団体です。現在350近くの、大手企業を始め中小企業や自治体、大学、民間諸団体が加盟しています。なにしろ日中国交正常化の10数年前から日中両国の懸け橋として、とりわけ関西経済界の日本側窓口として地道に活動してきたため、中国政府や地方政府に強い信頼を得ています。

このほど秋季会員懇談会が開かれ、一般の人が通常入ることができない関西空港の貨物地域や機内食用のケイタリング工場、郵便事業などを見学しました。同時に伊藤忠中国総合研究所代表の古屋明氏から、「最近の中国情勢」と題する講演を聞きました。古屋氏の話は具体的で、しかも歯に衣を着せない内容で会場は大いに盛り上がりました。最近の最もホットな話題だけに、次回から2回に分けて紹介します。なお懇親会に先立ち、会長の谷井氏があいさつしました。谷井氏は松下電器産業(現パナソニック)の4代目社長で、むかしから日中経済交流に携わってきています。その経験を踏まえて次の通り語りました。
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長引く不況に加え、政治・外交面でも厳しい環境が続く。かつて松下電器産業の現役社長時代、合弁事業の責任者として何度も中国側の代表と交渉を繰り返したが、どうも同じアジアの隣人なのにこちらの話を理解してもらえず、その都度中国は変わった国だとの印象を強くしたことがある。ところがこのような話を、7月に亡くなられた梅棹忠夫先生に話したところ、先生から一喝された経験がある。つまり『日本人は中国や外国の人が変わっていると思うかもしれないが、むしろ日本人の方が外国人より変わっていると考えたことがあるか。日本は永年島国に暮らし、外国との折衝が極めて少なかった民族であることを何よりも自覚する必要がある』と。
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確かに中国との係わりにおいても、事の善し悪しではなく、言葉、歴史、環境などいろんな面での違いは避けられない。例えば国の気質という点ではどうか。アジア諸国のそれを大まかに表現すると、日本人が『職人』とするならば中国は『商人』であり、韓国は『財閥』、そして台湾は『中小企業』と例えられよう。それだけにお互いの違いを十分理解したうえで、それぞれの共通点を見出して、お互いの利益を追求していくことが協業・コラボレーションなどを進める上で不可欠といえるだろう。
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なお空港敷地内見学では、このほどオープンしたばかりで冬も夏も常に室温を20度に保つ大型薬品倉庫を始めとした貨物施設、ケイタリング工場、国際郵便現場などを見ました。しかし常時4000〜4200人(うち女性1000人)が働き一見、活況を呈しているようですが、甲子園9つ分にあたる37ヘクタールと広い貨物基地から見れば、実質の稼働率はごく一部に過ぎません。貨物の面でも、韓国の仁川、シンガポールのチャンギ、上海浦東、香港などと比べてマイナーは否めません。

ちなみに空港島の正式住所は大阪府泉佐野市泉州空港北1丁目で、住民登録している人は1人だけです。10月1日の国勢調査で登録されたのは、大阪府警関西空港署の署長さんだけだったはずです。
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2010年10月04日

きょうで301回目の「独り言」です

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この季節、ひっそりと野道に咲く彼岸花もいいですねえ
 
 今年初の1月4日、「いざ出陣」のタイトルでスタートしたこの「ウツボおやじの独り言」が、きのう付けで300回となり、きょうは301回です。都合274日間、毎日書き続けてきました。まあ大半が唯我独尊オヤジの駄文ですが、生まれつき飽きっぽい性格だといわれてきただけに、毎日日記を書き続けたことに我ながら少々びっくりです。毎日と言いましたが、正直不本意ながら1日分だけ削除しました。しかしその日も、12時間近くは公開しており、書いたことに変わりはありません。

 あくまで日記の感覚で特別、ネット上で宣伝したりしません。それでも口コミで広がるのか、毎日の訪問者は150人から200人で、ページビューは400から500ページです。その影響もあるのか、いろんな検索システムで「ウツボおやじの独り言」はトップに表記され、Googleやなどでは「ウツボおやじ」「ウツボ親父」「うつぼおやじ」「うつぼ親父」で検索してもトップに出てきます。

 しかし正直、毎日はさすがにしんどいですねえ。昨年12月から第一線を引いたのを機に毎日ブログをスタートしたのですが、4月から少しだけ旧職に復活し、この10月からは完全に原職復帰となりましたからなおさらです。300本のうち、これまで25本を他の人から寄稿いただいていますが、それに感謝しつつも毎日継続となると自助努力以外にないと、あらためて気を引き締めています。

 この間のネタを分析してみると、やはり多いのは中国関連で300本のうち一割強の37本です。中国ネタは引き出しの中に常に潤沢にあるのですが、ややセーブしています。ついで多いのが政治、書籍関係、繊維産業、グルメでしょうか。この傾向は今後もしばらく続くはずです。

ブログを続けることのメリットを自己分析しました。まず新聞類をよく読むようになったことです。これまでにも、書籍はもとより職業柄いろんな新聞に目を通してきましたが、毎日最低三紙を熟読し、必要箇所はコピーする取り組みが「復活」しました。2つ目は原稿を毎日書くことで、これも「復活」しました。そして3つ目、相変わらずの酒飲みオヤジですが、深酒をしなくなりました。実際は昼間に予約アップしていますが、毎日午前零時にアップすることを自分に課しているため、その時間のぐでん、ぐでん酔いは極力避けるようになりました(本人はそう思っているのですが、女房殿の評価はまだまだ厳しいものがあります)。

しかし何よりも大きなことは、ブログを毎日発信することを、自分の仕事として、ライフワークとして位置づけることができたことです。かといって、天邪鬼ですから「もうやめた」と、いつ放り出すかしれません。ただ馬齢だけは人並みに重ねてきましたから、そこは肩の力を抜いてしばらくは続けられる自信があります。

「仕事の圧迫は心にとって極めてありがたいものだ。その重荷から解放されると、心は一段と自由に遊び、生活を楽しむ。仕事をせずにのんびりしている人間ほどみじめなものはない。そんな人はどんなに美しい天分もいとわしく感じる」(1779年のゲーテ日記より)
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2010年10月03日

「回転寿司」も結構、いけますねえ

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スシロー泉佐野鶴原店で

 並べて外食産業が苦戦している中で、唯一といっていいほど成長しているのが回転寿司業界です。その市場は現在、4500億円といわれています。ただ全国的に多くの回転寿司店がありますが、大手3社が4500億円の5割以上を占めているのが実態です。大手3社とは、かっぱ寿司(売上高850億円)、あきんどスシロー(同820億円)、くら寿司(同700億円)です。

 その回転寿司に行きました。ずっとむかし、東京の浜松町で一度だけ昼食に行った記憶があるだけで、実質初めてといっても過言ではありません。スシローの泉佐野鶴原店で、60人近くの団体と昼食をとりました。これだけの人数で押しかけたのに、店の半分も占めませんから、ずいぶん大きな店だったはずです。しかしそれでも、12時半ごろには全席埋まって待ちの人もいました。都合120人ぐらいが食べていたことになります。とにかくびっくりしました。

 実はスシローの幹部の人に、食事の前に回転寿司業界や同社の特徴を聞いていました。それによると3社はそれぞれに性格が異なり、まずかっぱ寿司は安さを打ち出しています。現在の回転寿司は1皿105円が基本ですが、同社では98円寿司も打ち出しているそうです。くら寿司は無添加とともにエンタテイメントで売っており、たとえば5皿を超えるといろいろな特典が出るなど、工夫を凝らしているとされます。

 対してスシローは、商品の差別化を最大のコンセプトにおいているそうです。そこには、大阪阿倍野の「鯛すし」という一軒の一般的な寿司屋からスタートしたという、同社の原点があります。その上に立って、@原価率を外食産業で標準とされる30%ではなく50%に高めるA食材仕入れをトップが担当する(豊崎社長の肩書きは代表取締役社長兼仕入部長)Bセントラルキッチン体制はとらず、ごく一部を外部委託する以外は店内の調理場で解体・仕込をする―ことを基本にしています。

 ただ問題もあると正直に吐露します。創業してから26年ですが、20年まで80店舗だったものが、その後6年で267店舗まで急拡大したことから、サービスを始めいろんな面での店舗間格差が覆えないそうです。

 さて実際にいただきました。中トロなどを除き1皿に2個ずつ盛ってあり、シャリが多い分だけ満腹感がありました。それでも11皿食ってしまいました。しかし締めて1155円。ただビールもそこそこ飲みましたから、それでは済まなかったはずです。店長さんに聞くと、同店の最高は45皿だそうです。

 味の方は特別、「美味い」とはいえないまでも、そこそこでしたね。とりわけ同社がこだわるマグロは合格です。シャリが多いため、ネタだけ食べようと思いましたが、「回転寿司ではタブー」だと他の人から止められました。後で感想を求められましたが、大半の人がシャリの多さを指摘していました。一個当たり18グラムのシャリで統一しているとの答えでしたが、ならばと知人が提案しました。「年寄りが多かったり、多少富裕層のお客さんが多い店はシャリを少なくし、逆に学生や現場作業の人が多い店はシャリを多くするなど、臨機応変の対応がいいのではないか」と。確かに一理ある話です。

 同社は昨年、外食業界でマクドナルドや吉野家、餃子の王将などを抜いて「顧客満足度ナンバー1」企業に選ばれました。サービス産業全体でも、東京ディズニーランド、インターネット家電小売のECカレントに次いで3位でした。その一端として、ハマグリの赤だしの話を聞きました。ハマグリの砂に対し、手作業で予め全ハマグリを手作業でチェックする体制をとっているそうです。

 また回転寿司はいかに廃棄ロスを減らすかの予測ビジネスだと認識し、寿司皿にICタグを取り付けるなど世界で初めて回転寿司の総合管理システムを開発しています。これによって、お客が次に手にする皿を予測できるとしています。上記の美味さ追求の3要素に加えてのサービスやIT管理などによって、同社が目指す2012年の売上高1000億円も射程距離に入っているとみました。

 正直、ほぼ初めて味わった回転寿司、それもスシローさんだけの一方通行でしたが、まあまあの感想でした。ただじっくり寿司ネタと酒を味わうにはちょっと、と腰が引けます。
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2010年10月02日

「上司に必要なのは、一にも二にも人望」

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ある企業の本社ビルで、職場のほとんどの社員に嫌われている部長、美人秘書、そして若い男子社員が満員のエレベーターに乗り込みました。そのとたんに停電が起こって、エレベーター内が真っ暗になりました。暗闇の中で突然、キスをする音が聞こえ、その後激しくひっぱたく音がしました。

すぐに明かりがともりました。部長氏の顔には、鮮やかに平手打ちの跡が残っています。彼はたちまち、エレベーターに乗っていた人からたたき出されました。美人秘書は考えました。「部長って、なんて変な趣味をしているのでしょう。私じゃなくて、きっと若い男性社員にキスしたに違いない」と。その男性社員だけは真相を知っていました。さて、エレベーターの中で何が起こったのでしょうか。
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上司と部下、さらには先輩と後輩など、仕事の上で上下関係にあるもの同士の関係がうまくいっているかどうかは、日常の会話に表れるとされています。一般的に密度の濃い話をすることができるとか、長時間会話が成立すれば関係の良好さのバロメーターになると思いがちですが、実際はそうではありません。それは目上の人の思い込みであることが多いようです。

上司は、自分では有意義な話を沢山していると思っていますが、文字通りただ長く話しているだけです。部下は、それがつまらない上司の自己満足の話であっても途中で打ち切ることができず、ただ耐えて聞き続けることだけです。それを濃密な会話ができたと勘違いしているのです。

よいコミュニケーションをとろうとするなら、上司はできるだけ下の人の話に耳を傾けるようにすべきだといわれます。また下の人が気軽に意見を口にできるなど、積極的に話せるように働きかけることが重要だと思います。ある本に書いてありました。上司に必要なのは、「大きな耳と小さな口だ」と。とはいえ、実際はなかなか難しいのが現実です。
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さて冒頭の、エレベーター内での出来事。真相は、若い男子社員が自分の手にキスをして、それから部長の顔をひっぱたいたのです。暗闇の中で何が起こったのかは知らなくても、多くの大衆は一番もっともらしいストーリーを思いつくものです。部長の顔には「動かぬ証拠」が残っていたため、彼の信用はがた落ちになったはずです。

こうなってしまってからでは、もう遅いというしかありません。真相を知っているただひとりの人物は、彼の敵だからです。しかも、倫理上のキズを作ると女性は救ってくれません。「上司はやはり、人望が大事」なのです。
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2010年10月01日

果実の女王「マスカット・オブ・アレキサンドリア」

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はっぴを着けた岡山県大阪事務所の高橋所長さん(写真右)、オフィスへ「瀬戸ジャイアンツ」(同中)を持ってきてくださいました。売り場でにっこりの「フレッシュおかやま」さん

さあ10月です。あき(秋)なのに海を渡った中国の話題ばかりだとあき(飽き)がくるのではと、同じ中国でも日本の中国、それも「晴れの国」岡山の話題はどうでしょう。
晴れ

甘みが強く酸味は少なく、果肉がしまってコクのある気品の高さ。古今東西、世の男性が理想としてきた女性像ではありません。そう、果物の女王「マスカット・オブ・アレキサンドリア」のことです。オフィス近くに岡山県産業ビルがあり、その1階で、きのうときょうの両日、岡山県産マスカットの即売会が開かれています。露地栽培の最盛期を迎え、県のJA全農岡山が倉敷、岡山、赤磐など県内主産地のマスカットやピオネールなどを持ち込んで紹介しているものです。香水を思わせる豊かな香りがする売り場にいると、「フレッシュおかやま」のお嬢さんがにっこりと迎えてくれます。

果物王国といわれる岡山にあっても、マスカットは別格です。世紀の美女クレオパトラも好んだとされるエジプト生まれの女王が、岡山にお越しになったのは1世紀以上前の明治19年(1886年)。エジプトはいうまでもなく高温・乾燥の地ですが、よほど温暖・多照・少雨の瀬戸内気候がお気に召したのでしょう。終の棲家にされてしまいました。

それにしてもエジプト生まれの果実を岡山で栽培するについては、想像を絶する先人たちの研究・努力があったはずです。しかしその苦労が報われ、岡山のマスカットは全国シェアの9割を超す、名実ともに岡山県を代表する特産品となっています。もっとも桃に代表される他の果物は山梨など他県の追い上げによって、「果物王国」の看板すら危うくなっています。現実に同じぶどうでも「ピオネール・巨峰」のシェアは40%強で辛うじてトップですが、2位の山梨も40%台で追い上げが急です。

それだけにマスカットを始めとした岡山のぶどう生産者は、「この牙城だけは死守したい」と更なる研究・開発を重ねています。その成果のひとつがネオ・マスカットと他種との配合で生まれた「瀬戸ジャイアンツ」です。種がなく、皮からすべて食べられるのが特徴です。10年ほど前に開発され現在は他県でも生産されていますが、あくまで岡山が先駆けたもので、この即売会ではひとり2房までの限定販売でしたが初日早々になくなるという人気ものです。

ところで「フレッシュおかやま」のお嬢さん、ただいま女子大の4年生でこの4月から1年間、キャンペーンガールを務めています。ぶどうや桃などの果実、野菜、米など岡山の特産品を広く紹介します。彼女のイチ押しおかやま。「大都会でもなく、かといって田舎でもない。温暖な気候に似た、その落ち着きさが大好き」だそうです。

最後にふたつ。まずマスカットの美味しい食べ方です。まず常温で保存してください。食べる30分から1時間ほど前に、房ごと軽く水で洗って冷蔵庫で冷やします(洗う際の軽さ、冷しすぎ注意がポイントです)。そして皮ごと粒のまま口に入れるのです。エメラルドグリーンに琥珀色がかかったような、澄んだ黄緑色の粒が食べごろです。

 もうひとつ。なぜ「瀬戸ジャイアンツ」なのでしょう。岡山・倉敷という土地柄、どうして「瀬戸タイガース」にならなかったのでしょう。しま模様のマスカットなど想像つかないのも確かですが…。
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2010年09月30日

どうなる尖閣問題の後始末

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あいさつする鄭祥林総領事(写真右)。シャープの町田会長や総領事を交えてしばし懇談。

中国も面白い国です。フジタの社員、3人だけ釈放されてあの船長のようにひとりだけはまだ拘束されています。しかしそのひとりも、釈放までの時間は遅くないと思います。

 東京は大使館主催でしたが、昨夜大阪でも総領事館が主催して「中国建国61年周年」式典が北区のホテルで開かれました。例年出席している橋下知事、平松市長を始め地元自治体の首長や現職国会議員の姿はありませんでしたが、多くの自治体の議長・副議長は出席していました。また経済関係者も昨年ほどではないにしても、各社トップがそこそこ顔を出していました。

 鄭祥林総領事のあいさつを注意深く聞いていましたが、「尖閣」にかかわる話はもちろん、それに近い匂いすら一切なく、逆に正論をすごい迫力でとうとうとしゃべっていました。この迫力については他の人も感じたらしく、雑談をした大阪府の木村副知事も「鄭さん、すごい迫力でしたね」と感想を漏らしていました。

 後で「鄭総領事、フジタ社員を含め尖閣後遺症は?」と耳打ちすると、「現状を放置すると中日ともに不幸。中国は10月1日から長期休みに入りますからねえ・・・」と、微妙な返事でした。冒頭の3人釈放、当然予め総領事クラスの耳には入っていたのでしょう。それと連休明けの11日頃までには、日中トップ会談などもっと進んだ展開があるかもしれませんね。

 ところで会場の話題を拾うと、もちろん尖閣問題一色。さすがに中国関係者には直接言いませんが、共通するのは中国の理不尽な態度が第一。併行して菅首相、前原外相、仙石官房長官を始めとする政府の「外交音痴」と中国人脈のなさ。3つ目が、外務省チルドレンに包囲されてしまって身動きが取れない丹羽中国大使への同情でした。

 中国も一度振り上げてしまった手のおきどころに困り始めたようで、なんとか大型連休という緩衝材を利用して収拾を図ろうとしているようです。ただ日本の政府がどういう形で対応できるか、そのほうが心配です。例の尖閣漁船のビデオ公開がひとつのポイントとなりそうですが、テレビである評論家が言ってました。「中国は日本の検察のFD改ざんなどを、しっかり勉強している。必ず尖閣のビデオも、改ざんだとついてくるはずだ」と。確かにそうかもしれません。

 明日から10月。からっとした秋晴れが待ち遠しいですね。
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2010年09月29日

「小林桂樹の時代」

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東宝映画1963年2月号より

15日付けのブログで、急逝した谷啓さんの思い出を綴ってくれたITジャーナリストの四方直己氏が、今度は先々週に亡くなった俳優小林桂樹さんの追悼文を寄せてくれました。小林桂樹さんはサラリーマンの悲喜劇から社会派ドラマまで合計253本の映画に出演するとともに、テレビでも活躍するオールラウンダーでしたが、16日に86歳の生涯を閉じました。以下、紹介します
映画

 小林桂樹についてはその昔、一度だけ間近に見かけたことがある。父親が映画会社で働いていたことから、子供の頃は会社に時々遊びに行った。当時は大らかな時代で、子供が親の職場に行っても、一緒に働いている人達は嫌な顔一つせず和やかに受け入れてくれたものだ。自分がそう思っているだけかも知れないが。

 会社の1Fにはテレビ喫茶なるものがあって、店内のどこからも見えるように中央にテレビが4台据え付けられていた。テレビが一般家庭に普及する前は、そこでテレビを見ながらミルクセーキを飲み、ホットケーキを食べるのが至福の時であった。客層は主に社内の人達だったが、そこにある日突然、加山雄三と小林桂樹が現れた。

 デビュー時から注目を集めていた加山雄三を女子社員が見逃すはずもなく、「あっ、加山さんや!」ということで、たちまち女子社員達が集まってきた。加山雄三と小林桂樹の2人がいることは遠目にもすぐに分かったが、女子社員の関心はもっぱら加山雄三。小林桂樹については「あら、小林桂樹さんもいてはる」と笑っておしまい。小林桂樹は「いやー参ったなー」という感じで、ニコニコと通り過ぎた。それだけの話だが、画面から見たのとほとんど同じ雰囲気だったことを覚えている。

 時期の記憶は定かではないが、小林桂樹と加山雄三が関西支社に来たというのは、2人が共演した映画のキャンペーンだろうから、おそらく「名もなく貧しく美しく」ではないか。この映画で加山雄三は最後のワンシーンしか登場しないが、これだとすると1961年のはじめ頃だろう。いやもっと後のことかも知れない。当時は映画が白黒からカラーへ移行する過度期にあり、白黒の名作とカラーの名作とが混在した時期である。

 私が覚えている小林桂樹の主演映画としては「裸の大将」「黒い画集」「名もなく貧しく美しく」などで、同時期に主演した「出世コースに進路を取れ」などの娯楽映画においても、よく知られる「社長シリーズ」においても、二枚目でも三枚目でもない小林桂樹の持ち味は一貫している。

 小林桂樹が映画デビューしたのは1942年とのことだが、当時の日本映画は無声からトーキーへの移行期であった。第二次世界大戦真っただ中でもあり、ドイツ軍が世界初の弾道ミサイルV2によって華々しい成果を上げていた頃だ。この強力なV2の弾道を瞬時に予測するための計算機として米国がコンピュータ開発を本格化し、1945年にコンピュータ第1号とされる「ENIAC」を実用化したのは有名な話だ。

 TVの普及もあって映画産業が衰退の兆しを見せ始めるのは東京オリンピックの1964年頃だが、この年はコンピュータ産業の歴史に燦然と輝くIBM360が登場した年でもある。以後、現在まで約半世紀におけるコンピュータ・テクノロジーの進化は言うまでもなく、映画産業もその影響を受けて大きな変化を遂げてきた。TVの記憶メディアがフィルムからビデオに移行して久しいが、これもアナログからデジタルへと移行するに従って表現の幅は飛躍的に広がった。

 小林桂樹は無声からトーキー、白黒からカラー、フィルムからビデオ、アナログからデジタルへという流れの中を常に表舞台に立って歩んできた稀有の俳優である。この間の映像表現テクノロジーの圧倒的な進化にもかかわらず、小林桂樹の魅力は一貫して変わらない。当たり前と言われればその通りだが、昔の名作を見るにつけ、テクノロジーの進化とは私達にとって何だろうと考えてしまう。(四方直己)
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2010年09月28日

箸休め「美しい青空が最高のご馳走」

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 海外から日本に帰ったことを実感するのは、やはり青空です。とくに中国からだと、「最高のご馳走」になります。関西空港から高速バスに乗り、空港連絡橋の正面にノッポのゲートタワービルと泉佐野市街を望むと、「ああ日本に生まれてよかった」と思ってしまうのです。
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「寿司とたこ焼」中国山東省の駆け足旅行A

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写真左からたこ焼屋台、済南市内の寿司ボックスと職人さんの手、青島店

山東省の済南の街を歩いていて、現代版の寿司屋台に出会いました。その店の名前は「N多寿司」で、握寿司や巻寿司を中心に、約2b×1b四方の公衆電話ボックスのような店舗を5人ほどの若者で運営していました。コーラや水など飲料水、クッキーなども置いていますが、あくまで主力は寿司です。

パンフレットを見ると、青島市中心に中国国内で35店舗運営しているフランチャイズ店です。聞くところによると青島をスタートに「寿司の種類が多い」ということで、N多寿司としてスタートしたそうです。青島のように、しっかりと店舗を構えている店もあれば、この済南泉路店のような屋台スタイル店もあります。

「味はどうか?」 正直、全然美味しくありません。酢も入っておらず、いってみれば「寿司もどき」ですが、炊いたご飯にいろいろな具を入れた巻寿司、マグロなどの握寿司、さらには手巻寿司、細巻寿司など種類は豊富です。運営する彼ら自身が「日本や上海のような寿司ではない。環境や健康を指向したロハス感覚の、どちらかといえばアメリカンスタイルの寿司」と言い切ります。「私が握っています」という若い職人さん?の手を確かめました。しっとりしたきれいな手のひらでしたが、酢の匂いは全然しませんでした。

価格ですが、一番定番の海苔巻寿司が1本8元(1元=約12.6円)、人気商品の「桜花之恋」といって色とりどりの具をご飯で巻いて桜色のふりかけであしらった巻物が同9元、高いところでは鰻巻が同16元です。日本円で200円ですから安くはありません。またマグロの握寿司は3個で8元です。こういった寿司を若物中心に、ファーストフードのように歩きながら食べるのです。正直、よく売れているそうです。

一方のたこ焼き。これも人気で、中国各地で焼いて売っています。それが必ずしも、醤油やソース味で統一していません。かつて南京で食べた時は甘い蜂蜜のようなもので、ひとつ食べて吐き出しました。今回の済南はソースもどきで、もちろんタコは入っていません。粉だけです。それでも6個で5元、日本円で60円強、1個10円です。ところが北京ではなんと6個20元、日本円で1個40円強で売っているのです。

しかし驚くなかれ、上海万博の会場で日本の出展業者が6個40元、日本円にして500円で売っているのです。もちろん日本と同じ中身や味付けで、持ち込み代金などいろいろ経費はかかりますが、たこ焼き1個80円強はあまりにも法外です。これでは北京の街頭で1個40円で売られてもおかしくはないでしょうね。ただ寿司にしろたこ焼きにしろ、本物に似ても似つかない「もどき商品」が形だけひとり歩きする姿はいただけませんね。

もっともだれかが言ってました。一度日本で本物に出会った中国人は、二度と中国で売られている「もどき商品」を口にしないと。食べ物だけではありません、衣料や電化製品、薬などもそうです。それが今の日本買い物ツアーなどの背景となっているのでしょう。逆にいえば、中国市場開拓のヒントでもあるわけです。

[訂正です]昨日のブログ、5段目の小島氏の発言中で「満足してしまう完成に…」は、「満足してしまう感性に・・・」です。お詫びして訂正します。


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