2010年10月17日

休筆します

 今年1月初から毎日発信してきました当ブログ「ウツボおやじの独り言」は、昨10月16日付を持ちましてしばらくの間休筆といたします。
 風の向くまま気の向くままで、またいつの日か再開できれば幸いかと存じます。

             20010年10月17日 「ウツボおやじ」
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2010年10月16日

いま都会はちょっとした「自転車」ブームです

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御堂筋をちょっと入っただけでこのような放置自転車の数(右)。警告看板もさっぱり(中)。街を颯爽と走り抜けるお嬢さんたち(左)

ちょっと前の中国かと思うほど、日本各地でそれも東京や大阪のビジネス街、繁華街で自転車が氾濫しています。健康志向と環境対策が主因とされますが、少しでも交通費を節約したいとの考えも少なくないと思います。約30年前の1979年に約5000万台・国民一人当たり0.43台だった日本の保有台数が、現在では7000万台を超え、一人当たり0.7台近くを保有しているとされています。
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ひと口で自転車といっても種類が多く、全国の自転車店やホームセンターで一番売れているのが「ママチャリ」に代表されるホーム車で全体の33%強です。次いで通勤・通学や業務用のシティ車が26%、子供車10%、スポーツ車9%などです。また特殊なところでは、マウンテンバイクや折りたたみ車、幼児車が2〜3%です。特殊という分野で最近急速に伸びているのが電動アシストで、6%近くのシェアを持ちます。また中古車も8%強売れています。

坂道などをらくらく登れる電動アシストですが、従来ペダルをこぐ力に対するモーター補助力の比率が最大1対1に制限されていたものが、2008年12月に時速10キロ以内の低速の際には1対2に緩和されたことで一気にブレークしました。2008年度の販売台数は31万6千台を数え、ついに原付バイクの29万6千台を上回ったそうです。電動アシストの7割近くが7万〜10万円とそこそこの値段ですが、とにかくらくなのでしょうね。

一方で中古車の健闘に見られるように、従来どこでもあった自転車屋さんではなくホームセンターやスーパーで低価格品を買う傾向が強まっています。しかしここではハンドルやペダル、ブレーキなどの調整など含む修理は期待できません。結局壊れたら買い換える、使い捨てなのでしょうか。逆に自転車屋は、高齢化や後継者難などもあり経営が厳しくなっています。ただ修理はうまいが品揃えに乏しい個人商店、割安でも修理対応が十分ではないスーパーやホームセンターの両方を補って、急成長している自転車専門店チェーンもあります。

国内217店を展開する「あさひ」という会社で、今期売り上げ300億円、税引き利益21億円と過去最高だそうです。とにかく品揃えの豊富さとサービスがウリです。同社のうあるショップは800台もの品揃えで、半数が自社開発品です。会社員用は革靴でも滑りにくいペダル、通勤カバンが入れやすく横幅のあるカゴ。スカート派の主婦には、またぎやすい形のフレーム。顧客と会話をして、ぴたり1台を探し出します。顧客の声は翌日には本社で回覧される仕組みです。また修理と部品販売が売上高の30%を超すサービス体制です。「自転車は毎日必要な足。ビジネスの種は尽きない」と同社の社長。

さて自転車ブームで困った問題も起きています。運転マナーの低下、自転車事故、そして自転車置き場です。運転マナーという点で目立つのは女性、それも若いOLたちです。歩道、車道問わず自由気ままに神風運転です。中には携帯をしながら、さらにはくわえタバコのお嬢さんを大阪本町あたりではたびたび見かけます。

自転車事故は高齢者です。自分の体力や平衡感覚が落ちているのを、なかなか自覚できないのが主因です。2009年に自転車運転中に交通事故で死亡した人のうち、65歳以上の高齢者は445人で全体の64%です。1990年にはこの比率は47%でしたから、近年の高齢者被害の深刻さを物語ります。高齢者の事故原因は、安全不確認、ハンドル操作不適、一時不停止、信号無視の順です。加齢による衰えに加え「自分はまだ大丈夫」という過信が事故につながっているといえます。

そこで自転車メーカーが、三輪車タイプや足が地面に着きやすい低床設計など高齢者向け自転車の開発を進めています。たとえばブリジストンは、一定以上のふらつきやスピードを感知すると、「ふらついています」「スピードが出すぎています」と警告音声を発する自転車を開発しました。また視力の低下で道路とペダルの色が見え分けにくいことを想定して、踏み外さないようにペダルの色は白黒にしています。ところがせっかく技術を搭載した自転車を開発しても、「格好がよくないと最近の高齢者には売れない」といわれています。また「高齢者向けサイクル」などのネーミングをつけると、逆に反発して受け入れられないそうです。確かに昔も今も、高齢者はわがままですから。

そして3つ目が自転車置き場です。駅前はいまさらいうまでもないことですが、最近は御堂筋など主要幹線の歩道はすぐ撤去されるために、ビルの横や他のビルの駐輪場に平気で停める傾向があります。当方が通う集合ビルは比較的テナントが多いために大型駐輪場がありますが、全然関係ない人が毎日次々と駐輪するため、管理のおじさんはその整理に朝から晩までてんてこ舞です。また写真のように、御堂筋をすぐ入った横道の前に100台近くの自転車が置いてあります。ビルの管理者によると「いたちごっこ」だそうで、頭を抱えています。

以前、マンションにおける自転車の放置問題を取り上げましたが、“自己中”ともいえる運転マナーの低下、自転車事故、放置問題などを見ていくと、「健康志向」も「環境対応」も実に薄っぺらなものに思えてきますねえ。
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2010年10月15日

敬称は重ねない「○○社長さま」は間違いです

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テレビドラマを見ていました。ある女子大のキャンパスで、通りかかった学長に何か指摘された後、2人の学生が声をそろえて「はい分かりました、学長先生さま」と応えていました。正確には「はい分かりました学長」でいいのです。

 そういえば最近、メールによる交信がごく当たり前となっています。しかしごく当たり前のように、「○○社長さま」「□□部長殿」と宛先が記入されています。これも正確には「○○社長」「□□部長」でいいのです。決して社長や部長に礼を欠いた表現ではありません。逆に常識を知らない人だと思われるかもしれません。
わーい(嬉しい顔)

敬称はこのように相手の名前の下に付けて敬意を表すもので、すぐ思い出すのが「さま、さん、殿、氏」などです。しかし「先生、社長、部長」などの役職名もまた、立派な敬称なのです。つまり「○○社長さま」は敬称を重ねており、「学長先生さま」に至っては敬称を3重にしていることになります。つまり敬称は、丁寧であればあるほどよいというものではなく、逆に敬称を重ねるのはよくないとされています。したがって「社長さん」「部長殿」「先生さま」などというのは間違いなのです。

もっとも、企業や団体によっては日常的に「○○部長さん」「××課長さん」と敬称を重ねて呼び合う習慣があるかもしれません。そういう習慣のある会社の人たちが相手なら、敬称を重ねてもかまわないという考えが最近、聞かれ始めました。確かにメールをいただくうちの90%近くが、「○○社長様」「××社長殿」の宛名で始まっており、こちらもついつい「□□社長殿」「△△専務様」などと書いてしまいます。

そういえば、「社長の申されるとおりです」もよく聞きます。これは尊敬語と謙譲語を取り違えているのです。両者は形の上で似ており、よく混同します。謙譲語は自分の行動をへり下って言う言葉で、相手の行動には使えません。「申される」はそれ自体が謙譲の意味を持つ「申す」に尊敬語の助動詞「れる」が付いたものです。尊敬の助動詞がついていても「申される」は謙譲語なのです。正しく言い換えるなら「社長のおっしゃるとおり」などでしょうか。

「社長さん、一緒にまいりましょう」ということを言ったり、言われたりすることがありませんか。これも敬称の重ねと謙譲語と尊敬語の取り違えです。「まいる」も「行く」の謙譲語で、「社長さん、一緒にまいりましょう」は、社長に実に失礼にあたるのです。「社長、行きましょう」でいいのです。とはいえ、敬語の使い方は本当に難しいですね。
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2010年10月13日

「松の木は残った」

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写真右から、5年前に植樹する故西田団長(手前)と、その5年後の成長した「白皮松」(いずれも済南植物園)

今から5年前の2005年10月17日から22日まで、中国山東省政府の招きで日中経済貿易センターに加入する企業を中心に、150人の関西経済人が山東省を訪問しました。一行は中国から関空に送られたチャーター便に乗って、省都の済南を皮切りに3班に分かれて煙台、臨沂(りんぎ)、濰坊(いぼう)など主要6都市を回り、最後は青島で合流。この間各都市との交流などによって山東省についての理解を深めました。山東省は中国の東海岸に面し、黄河下流に位置します。気候は温暖で農作物と水産物の生産・漁獲は中国第一位です。
飛行機

そして山東省訪問の際、日本側代表団から「白皮松」を済南の植物園に寄贈し、17日に団長の故西田健一・日中経済貿易センター副会長(丸紅専務などを歴任)らが植樹しました。白皮松はシロマツとも呼ばれ、中国中部から北西部が原産で日本にはほとんど生息しない松です。世界各地でも珍重され、聖木として扱われています。

その松の木がある植物園を、ほぼ5年振りとなるこの9月末に訪れました。当時と比べて山東省の経済成長は沿海部中心に目覚ましく発展し、日系企業も食品、繊維、電気機械などで着実に業績を上げています。今年初から、週2回ですが関空―済南空港間に定期便が飛びだしました。しかし一方で、日中間にはいろんな問題があり、しかも地方都市植物園の中、果たしてどうなっているのかやや不安を持って探しました。不安は杞憂に終わり、写真のように「松の木は残った」どころか、立派に成長していたのです。下草も丁寧に刈られ、しっかり管理されているようで安心しました。

山本周五郎の作品に、仙台藩のお家騒動を舞台にした「樅の木は残った」という小説があります。主人公の家老、原田甲斐が周囲から孤立する中で、自宅の庭にある樅の巨木に孤高を語るくだりがあります。「私はこの木が好きだ。この木は何も語らない。だから私はこの木が好きだ」。甲斐は樅の木に己の生き様を重ね合わせたのでしょうが、白皮松は孤高とは反対の、関西と山東省との経済交流のシンボルになっているように感じました。

ところで05年にも、今回の尖閣事件と同じように日中間は険悪なムードでした。その年の春に当時の小泉首相が靖国神社に参拝するとともに、日本が国連安保理の常任理事国入りを表明しました。これに対して中国が反発し、北京、上海、広州などで反日デモの嵐が吹き荒れました。それからわずか5カ月後でしたから、訪中団にも中国メディアから色々厳しい取材があった記憶があります。

ただ5年前は、感情論に煽られて反日デモで騒然としましたが、政府を始め中国関係者は対日関係の修復に早く動き、経済交流や民間交流への影響は比較的少なくて済み、早期に回復しました。しかし5年経った今回の要因は、あくまで領土問題です。

しかも5年前は、まだ日本企業が中国から撤退すると中国側にも相当なリスクが予想されたのに対し、今や世界第2位の経済大国を狙う中国だけにその影響度は比較になりません。またこの5年間で、中国のインターネット人口は飛躍的に拡大しており、政府が少しでも弱腰を見せると、それを非難する世論の声は瞬く間に全中国に広がります。

日中友好の松の木も確かにしっかり根を張っていますが、一方で日中間の諸矛盾の根もひと筋縄ではいかない、深いものとなりそうです。
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2010年10月12日

「お前、まだVUITTONのバック持ってるの?」

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「近代流通業の終焉」などについて話す潟gムの柳田信行社長(写真右)。流通は変化する消費者のライフスタイルにどう対応できるか(同左、銀座)

「アイスクリームはなぜ溶けるか」を普通の大人に質問すると、やれ急速冷却で凍結させる工程に問題があったとか、氷の結晶が細かくなっていない、さらに気泡の合体が不均一等々、いろいろこじつけて答えます。ところが子供たちに聞くと答えは簡単、「早く食べないからだ」です。
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百貨店やスーパーを含む一般小売店など、日本の店舗小売業が苦戦しています。大勢は現状維持どころか、まだまだ下がるとされています。しかし業界関係者は、必ず日本の流通業は回復するはずだと、願望を込めてアノ手コノ手の改革に取り組んでいます。しかし「日本の近代流通は終焉した。いまやポスト近代流通の黎明期にある」とする、シビアな話を先日聞きました。講師の話を基に、日本の流通業の実態を考えてみました。

考える視点は、先のアイスクリームが溶けることに対する子供たちの答えで、なによりも現状を単純に捉えることです。昔から、落とした大金と逃げた女は戻らないといわれますが、まさにそのとおり。いつまでもグジグジせず、諦めることが重要なのです。諦めればすっきりしますし、次の手があります。そうでしょう、日本には人口の半分6000万人の女性がいます。うち30%が対象だとすると、1800万人もの相手がいます。要は物事の本質を明らかにし、執着心を断ち切ることが大切なのです。

そういった意味で講師も強調していましたが、この間政府が進めてきた自動車や家電製品などへのエコ減税は、超短期の延命策そのもので、まさに金をドブに捨てるようなものです。自動車などたちまち新車販売に反動が出て、売れるのは中古車だけといわれています。

日本の流通業界が執着心を断ち切るには、子供たちのように現状を客観的に見ることが不可欠です。第一は、人口が減って少子高齢化が進む現実。必然的にマーケット全体がシュリンクしているのです。スーパーの食品売り場が端的です。惣菜パックが小さくなっているし、かつて丸のままだった野菜が半分になり、今では4分の1で店頭に並んでいます。核家族時代の象徴とも言える「おひとりさま時代」のマーケットです。

2つ目。政治も経済も、将来がまったく分からない時代に入っています。テレビを見ていても不安感いっぱいで、ほとんど夢がありません。夢があれば消費者は使います。なにしろ100歳の人が「老後に年金を取っておく」という時代ですから。消費構造がよくなるはずがありません。たとえば日本の衣料品市場のスケールを見ると、1997年は17兆7千億円でしたが、09年には11兆9千億円まで約68%です。格安の輸入品が増えたことと、数量減の両方です。

3つ目はマーケットの減少と並行しての、流通チャネルの変化です。かつて日本には170万軒の小売店、そして百貨店がありました。これら小売店が激減するとともに、百貨店を含め各ショップの坪効率はこの15年間で半減しています。一方でネット販売が急速に伸びており、また昨年からリサイクルストアが拡大しています。

そして4つ目のライフスタイルの変化が、最も大きい。若者たちは海外に行かず、欧米の流通や資本主義の延長に自分たちの将来はないと思うようになっています。逆に普段の暮らしを大事にしています。「エコノミックアニマル」から「ウサギちゃんアニマル」への転身です。集まりにVUITTONのバックを持っていくと「お前まだ持っているの?」といわれる時代です。海外ブランド品は激減していますが今後、もっと減るはずです。

高価な海外ブランド品より、より本質的なものにあこがれます。「高尾山の湧き水がいい」「明治神宮の疎水に癒される」といった形で、心地よい状況にどう自分を置くかに腐心します。最近楽器を抱える人が増えており、楽器屋さんは盛況です。また歴史探訪や、スポーツ、それも見るスポーツではなく参加型スポーツです。

具体的にいえば自然志向をベースとした「参加」がキーワードです。街の中でかっこいい服を着るより、外で楽しむことに金をかけるのです。つまり意味のない見栄ではなく、普段の生活の中でちょっとした、さりげないリッチ感覚を楽しみます。「雑貨の世界」が人気を呼んでいるのもそういった傾向からだと思います。

最近、「断・捨・離」なるフレーズが雑誌や書籍などでもよく出てきます。変化するライフスタイルを象徴する言葉です。もともとはヨガの「断行・捨行・離行」をもとに生まれた言葉だそうで、家の中のガラクタを片付けて、心のガラクタをも整理することを意味します。「断」は入ってくる要らないモノを断つ、「捨」は家にはびこるガラクタを捨てる、「離」はモノへの執着から離れ“自在”の空間へ移ることだとされています。モノと自分の関係を見直して、バサッと捨てる。実に気分がいいでしょうね。考えてみれば、そのうち痩せるだろうと昔の服をたんすにしまって置いても、現実にはほとんど着ませんから。

以上、縷々紹介したように流通を取り巻く環境は激変しているにもかかわらず、業界はあいも変わらず、値引き合戦とPB(プライベートブランド)開発に血道をあげています。時間があれば講師先生の話を参考に、そのうち今後のマーケティングポイントや新しいビジネスについてまとめてみたいと思います。
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2010年10月11日

今月は毎週土曜日に2万歩以上歩くことになります

DSC01648.JPGRIMG05501[1].jpg松永で優勝したこの人、アウト38・イン40のグロス78。初出場でしたが雨の中でも上手な方は上手(写真左)。今週末プレーする上海WESTGCのキャディさんたち(同右)

国内の女子プロは韓国勢に席巻されていますが、男子は石川遼の活躍で盛り上がっています。きのうの神奈川県戸塚CCで開かれたキヤノンオープンゴルフの最終日は、朝の大雨にもかかわらず1万3千人を超す大ギャラリーでした。また海の向こうでは、2人の宮原が韓国勢と伍して活躍しています。こういったこともあってかいま、女性のゴルファーが増えています。ゴルフ場でも女性の姿が目立ち、スポーツアパレルも女性用のゴルフウエアは好調だとしています。

いまでこそゴルフはサラリーマンたちの必須のスポーツとして大衆化されており、前述したようにプロゴルフの公式戦には多くのギャラリーがつめかけるなど人気がありますが、戦前および戦後一時期まではあくまで特権階級のぜいたくとして、多くの人から白眼視されていました。特に戦前は大変だったはずです。

たとえば昭和4年(1929年)にはゴルフ税という課税措置がとられ、昭和14年には10%の入場税が徴収されたそうです。のんびりゴルフなんぞ楽しんでいると、たちまち国賊呼ばわりされかねない時代もありました。

そのうえゴルフは敵性用語として、すべて日本語化されていました。ドライバーの「木の一番」、アイアンの「金」などは現在もそう表現しますから違和感はありません。またゴルフボールを「打球」、フェアウエイの「芝地」などもまだ理解できます。しかしクラブを「打杖(だじょう)」、ハンディを「均率」などと呼び出すと、もうついていくことは困難です。
位置情報

 さて一昨日も広島県の福山市で110人ほどのある企業の大型コンペに行ってきました。一日中、しとしとと雨が降っていました。松永カントリークラブといって中国地方でも最も古いゴルフ場のひとつで、距離はありませんがアンジュレーションのきいた戦略性のあるコースとして有名です。天気のいい日は眼下の瀬戸内海から遠く四国連山を望むことができます。そうそう日本で一番古い水上練習場のあるコースとしても有名です。

過去25年間、毎年1回開かれているこのコンペにも20回以上参加し、プライベートなどでもプレーしたことがあり知悉したゴルフ場ですが、いつもOBと多数あるグリーン周りのバンカーに泣かされていいスコアが出た記憶はありません。100人を超すダブルペリア方式のコンペで、25回のうち一人で3回BB賞を受賞した珍記録も持っていますから。そのうえに一番嫌いな雨。「雨のハンディは誰もが一緒」とはいえ、精神的にいやで盛り上がりを欠きます。

果たして最後までプレーできるのかと恐る恐るでしたが、飛ばなくなったこともあったのでしょう、OBも苦手のバンカーもそれぞれ1回だけという「幸運」に恵まれました。37位と上からほぼ3分の1、しかも「飛び賞をも避ける上品な順位」でほっとしました。まあ前夜の大パーティで今回初めて恒例の「刃傷松の廊下」を披露せず、翌日も落ち着いた、やや暗い感じのテンションでプレーできた効果でしょうか。

そういえば1週間前の2日のプレーもそれほどブレはなかったですねえ。そして今週の土曜日は、中国上海です。2007年から紡績や商社の駐在員と年2〜3回定期的に開催しており、今回で8回目です。3組10人強ですが、ホスト役という立場上いつも遠慮して散々なスコアです。ただ前回の今年4月はちょっとした成績で一目おかれた感がありますが、何しろ年数回しか使わない置きクラブというハンディもありますから…。その結果は、また上海から報告します。

そして1週間後の23日は神戸で、関係企業の社内コンペです。たまたま63歳の誕生日です。できうるならば「エイジ・シュート×1.5」を目指したいと思います。こじつけですが63は到底無理、ならば1.5倍の94.5は、場合によっては可能ではないかというささやかな挑戦です。

そしてその一週間後の30日は、岡山で高校時代の同窓10人ほどとのコンペです。「おいおい、何をしてんだ」と思われるでしょうが、実は10月だけが例年極端に集中します。現実に今年も9月はゼロで、11月は目下2回の予定です。まあゴルフをするより、ゴルフ場に歩きに行っているわけで、先の土曜日も万歩計は23,000歩近くを記録していました。ゴルフの5日間だけで、今月は10数万歩を歩く計算になります。はい。
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2010年10月10日

県人会に出席して、話題のご当地グルメを食う

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右からジーンズスタイルであいさつする石井県知事、津山
ホルモンとそれを待つ人たち


7日夕、大阪市内のホテルで開かれた「近畿おかやま会」なる催しに、ちょっと顔を出してきました。いわゆる県人会です。年に一度の集まりということもあって、会場には400人ほどが集まり満員でした。さすがに若い人は少なく、平均年齢50歳超といったところでしょうか。驚いたのは岡山県からの出席者です。

とくに石井正弘岡山県知事を始め、各自治体の首長が軒並み顔を見せていました。岡山県には27の市町村がありますが、市長は岡山、倉敷、津山など10市長と7町村長の名が名簿に載っていました。それ以外に副市長や議長・副議長、議員などの顔もあり、ほぼすべての自治体の関係者が出席していた計算になります。全員が一泊でしょうから大変ですね。

岡山といえば最近B級グルメが有名ですが、期待した「ひるぜん焼きそば」は見られなかったものの、例の「津山ホルモンうどん」は屋台を出展し津山市観光振興課の小坂田という課長さんが「市の職員かホルモンうどん屋の大将か、自分でもよくわかりません」とぼやきながら、鉄板に向かっていました。この津山ホルモンを始め7つほどの名物屋台が出ていましたが、意外とおいしかったのが「岡山牛の鉄板焼です」。果物はバラエティに富んでおり、魚も豊富ですが、牛肉が結構いただけると岡山を新発見しました。

会場は20ほどのテーブルで各自治体別に分かれており、それぞれ首長や関係者と話し合えるようになっています。初めて参加するとなかなか中に入っていけないのが現実ですが、地元の町長さんとはもともと顔見知りだった関係で、いろいろ話し合い翌日は昼食までご一緒しました。石井知事も地元アピールということで、わざわざ倉敷市児島で製織・加工、縫製したジーンズのスーツ姿で出席、盛んにアピールしていました。「繊維産業の広告塔になってもらいありがとう」とお礼を言っておきました。

ところで会場では、この日発表となったノーベル賞の話題で盛り上がりました。化学賞に輝いた北海道大学名誉教授の鈴木章さんが、8年間にわたり岡山理科大学と倉敷芸術科大学に籍を置いたためです。この件に関して、昨日の当ブログで「北大で学び研究を重ねた鈴木章さんの場合、詳しい事情は知りませんが、94年に北大を退官した後は遠く離れた岡山の地で教鞭をとり研究されています」と書き、学者に対する日本の冷たさを告発しましたが、実は鈴木さんに関してはそうでなかったことを会場で教えてもらいました。

というのも、鈴木さんは大都市で暮らすのは気乗りがせず、誘いのあった東京や大阪の大学を断って、昔から知り合いで熱心に誘ってもらった岡山の大学で教鞭をとられたそうです。「岡山も倉敷も非常によかった。食べ物もおいしいし、友達も増え、実は倉敷にマンションを確保して永住しようかと思った」ほどで、岡山を第二のふるさとと話しておられるそうです。知らないこととはいえ、とんだ勘違いをしてしまいました。深く反省しています。

2時間ほどの立食パーティでしたが、食い物も豊富で悪くない集まりだったと思います。それにしても同じノーベル賞でも、中国は大変ですね。尖閣諸島問題に続いてまたまた海外から吹くアゲインストの風。中国にとっては、「大試練」の外圧です。
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2010年10月09日

ノーベル賞受賞の快挙で想う

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畑には霜が降り、コスモスの花も美しい
きのう8日は、24節気のひとつ「寒露」でした。冷気が加わって、露が秋の深まりを感ずる冷たさになったという意味です。日中はまだそうでもないですが、朝夕は間違いなく秋の深まりを感じさせる今日この頃です。
三日月

 高校生のころまで、ノーベル賞と言えば湯川秀樹、湯川秀樹と言えばノーベル賞でした。当方が生まれた1947年に湯川さんが受賞してから、朝永振一郎さんが受賞するまで実に16年が必要でした。ところが21世紀に入ると、01年に野依さん、02年が小柴さんと田中さん、08年には南部さん、小林さん、益川さん、下村さんと一挙に4人、そして今回根岸さんと鈴木さんの2人が受賞しました。南部さんはアメリカ国籍のため除外することもありますが、れっきとした日本人です。都合18人が受賞したわけです。

 18人のうち文学関係の川端康成さんと大江健三郎さん、そしてやや?の平和賞佐藤栄作さんを除けば15人が自然科学系です。やはり日本人ならではの分野と言えます。先の「はやぶさ」の快挙といい日本の自然科学者の活躍といい、はっきり「2位ではだめ」で、1位を目指さなければ達成できなかったことを証明しています。

 それにしてもこれだけの大学者にしても、大学教授などを退官した後の地位や経済援助などに対し、日本は貧困です。北海道で生まれ、北大で学び研究を重ねた鈴木章さんの場合、詳しい事情は知りませんが、94年に北大を退官した後は遠く離れた岡山の地で岡山理科大教授、倉敷芸術科学大教授などを歴任されています。弟さんが「兄は家が貧乏で大変だった。しかし二宮金次郎のようにいつも本を読んでいた」とテレビで話していましたが、鈴木さんのような人にも、もう少しじっくりと研究に打ち込める環境や経済援助などを提供できる日本でありたいとつくづくと思うのです。

 これまで米国中心に頭脳流失が指摘されていましたが、いま中国に日本の技術流失が進んでいます。いろんな業種で50歳前後の多くの中堅技術者が、日本並みに品質を向上させるために技術移転の手助けをしています。ただ技術者の言い分もわかります。日本の企業で40年間勤め上げても、退職金はスズメの涙。しかも「競業避止」の上積み金も出ない。60歳の定年後、自分の老後を考えるとどうしても重い腰を上げざるを得ないのです。

 欧米企業では当たり前となっているのが、労働契約で決められた「競業避止条項」。能力の高い人材には技術情報を与えると同時に、技術の漏えいについては厳しく管理されるのです。退職時に高度の技術を持っている人に対しては、退職金に守秘義務を守るための秘密保持費用(簡単にいえば口止め料)が上積みされます。特に高級技術者には秘密情報が集中するため、転職時には具体的に競業避止による技術情報漏えい禁止契約が交わされます。

 日本でも法務部や知財部を持つ大手はまだしも、中小企業などでは完全なザル状態で、「人材・技術流出」を止めることはできません。相互信頼に重きを置いて「まあまあ、なあなあ」で契約観念に希薄な日本人の特性だけが要因ではないと思います。そこにはノーベル賞を受賞した鈴木さんですら全国を飛び回って研究拠点や生活基盤を確保しなければならない、貧しい日本の現実が浮かび上がってきます。
やや欠け月

 さて10月23日は、同じく24節気のひとつ「霜降」です。秋の気配が一層深まり、朝には霜が時折見られ始めます。オヤジはその日、齢63歳となります。 
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2010年10月08日

「最近の中国情勢」B尖閣諸島事件―結果は中国にとってもマイナス

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中国の一般国民にとって、釣台島(中国では尖閣諸島のことをこう表現)問題は外国の話だ(山東省済南市で)

古屋氏講演第三弾は「尖閣諸島漁船衝突事件」の波紋と、若干のこぼれ話です。
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先ほど谷井会長が「日本人の方が外国人より変わっている。外国との折衝が極めて少なかった民族であることを何よりも自覚する必要がある」と、故梅棹忠夫先生の言を借りて紹介されました(当ブログ5日付)。まさに尖閣諸島問題は、中国がこういった日本人心理の虚を突いた事件だったといえる。日本人は自分たちが良いと思っていることは、相手を含め世界の人々が良いことだと理解してくれると思いがちですが、決してそうではない。黒船襲来―明治維新の例を引くまでもなく、外圧は常に虚を突いてやってくるものだ。

9月7日に発生した尖閣問題は、事故ではなくあくまで事件だといえる。19日に拘留期限を延長し、21日には米国で温家宝首相が日本の非難演説をした。25日には船長を釈放したにもかかわらず、中国は「謝罪と賠償」を日本に要求、その後こう着状態の中で徐々に歩み寄りを見せている。

この間、中国は「報復」と思われる措置を相次いで発動した。閣僚級の交流中止、レアアースの対日輸出停止(中国政府は否定)、日本向け輸出貨物の抜き取り検査を30%から100%に引き上げ、民間ツアー交流の中止、民間企業フジタ社員の拘束などだが、円高誘導、事業許認可の遅延、日本品不買などの可能性もあった。

背景には、影響力を増大したいとする中国の意思表示、中国の海洋権益拡大、民主党政権の政治空白、与党政治家による中国への刺激発言、日米同盟の弱体化などがある。ただしっかり見る必要があるのは、日本のメディアでは「日本敗北、中国勝利」が大勢だが、決してそうではない。むしろ今回の事件及び一連の措置は、中国にとってマイナスになったといえるかもしれない。

繰り返すように元来、日本は政府も民間も外圧にはからっきし弱く、いわんや民主党政権はいま仮免許中、仮設住宅にまだいる状態だ。そういった中で日本は、一応やることはやったといえる。まず「拿捕、拘束、取り調べ、釈放」という一連の国内法に基づき粛々と法手続きに則ったことを世界に知らしめた。ふたつ目は国内外に「尖閣諸島は日本の領有権」だということを広く知らしめた。更に3つ目は近隣のアジア諸国はもとより世界に中国の怖さを教えた。そして何よりも、米国から「尖閣は日本領土。日本の施政下にある地域は安保条約第5条の適用範囲」との言質を、あらためて獲得できたことが大きかった。 

逆に中国は、国際社会において「中国脅威論」を惹起してしまった。また日本に対する経済制裁や民間企業社員の拘束で、日本企業の中国ビジネスに逆風が吹くこととなった。こういった経済摩擦は、日本も困るがそれ以上に中国にとっても困ることになる。先述したように中国は2012年に新政権の誕生が予定されており、この新政権は2020年までの2期8年間、世界との協調の中で生きなければならない。それが結果的に、全世界に中国脅威論を植え付けたわけだ。

今後、ベルギーでのASEM(不自然ながら両国首相が会談)、11月の横浜APECでの日中首脳会談の実現、10月下旬の中国5中全会と軍幹部の人事異動、中国のナショナリズムの動向、拘束されているフジタの残る一人の釈放次期などの動きが注目される。
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中国では、新しい施策に取り組む際、いつも特定の地域で実験する手法をとってきた。その際の舞台は大概が北京と離れた広東省だ。経済開放の先駆地として「特区」第一号に指定されたのは同省の「深セン」(土ヘンに川)だった。また同省では、中国で初めて人民がトップを選挙で選ぶ実験が進んでいる。そして今、注目されているのが公営競馬の「競馬特区」構想だ。すでに北海道の日高で400頭のサラブレッドが、一頭当たり3千万円で成約されたとの話も聞く。調教師等のノウハウ伝授なども着々と進みつつあるそうだ。中国の人はもともと、ギャンブル好きで射幸心理が強い。政府が進める「内需拡大」策にもマッチするとされている。
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もうひとつのこぼれ話。新華社によると、いま中国で「菊と刀」の本が大ヒットしているそうだ。政府関係者、学者、エコノミスト中心にすでに300万部売れているとか。同書は言うまでもなく米国の女性文化人類学者ルース・ベネディクトが著した日本研究の名著で、戦後米国による対日政策に大きな影響を与えたとされている。それが今、中国でも日本研究のベスト教材として取り上げられている。(おわり)
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2010年10月07日

「最近の中国情勢」A労働争議と人民元問題

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どうなる?人民元の切り上げ。個人消費の拡大で内需拡大を図る(写真右)

伊藤忠中国総合研究所の古屋代表の「最近の中国情勢」講演、第二弾は労働争議と人民元問題です。
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今年5月中旬から中国全土で賃上げ騒動が顕在化した。推測だが1200社ほどの外資系企業で争議が起きたが、うち70%強の850社が日系企業だった。後は韓国、台湾、米国などの企業である。これによる賃上げの妥結額は平均25%を超しており、今後も毎年賃上げが常態化する恐れがあり、繊維や軽工業などの労働集約産業は「脱中国」が加速する可能性も指摘されている。争議が一斉に起こった5月中旬といえば、上海万博が始まったばかりで世界の耳目が中国に集まっていた。このタイミングで何ゆえ争議が起こったのか、そして誰が扇動したのか?

中国政府は08年秋のリーマン・ショックに端を発した世界経済危機を皮切りに、政策を大転換した。経済成長を牽引した輸出依存は今後通用しない、EU、米国、日本の3大輸出市場のすべてが厳しいということに気づき、発展パターンを内需依存に大きく転換した。並行して労働集約型から技術集約へと産業構造を高度化させ、また沿岸部偏重から内陸部へと発展戦略を拡大、さらに内需拡大のネックである所得格差の是正や社会保障制度の整備に乗り出した。

つまり賃上げ要求を軸としたこのタイミングでの労働争議は、「内需拡大」を狙う政府によって引き起こされたもので、その主対象として日本企業が選ばれたといえる。長年にわたって外国資本を優遇し過ぎたツケがリーマン・ショックで一気に表面化、政府としては急きょ自国の労働者や農民の生活水準を引き上げて個人消費の拡大=内需拡大に政策転換することとなった。一連の争議は、その先取りとなったわけだ。もっとも、08年には新「労働契約法」で労働者の地位や権利を守る法令が施行され、今年初から最低賃金制度の見直しが加速するなどその兆しは随所に出ていたが、リーマン・ショックで一気に加速したといえる。

そして来年2011年から15年までの第12時5カ年計画では、かつての日本を想起させる「所得倍増計画」が具体化される。ただ労使関係は今後「協調型」から「対決型」に変わる可能性があり、従来の「世界の工場」を支えてきた安くて豊富な労働力という中国の強みに陰りが出てくるのは必至といえよう。しかし中国は、「世界の市場」に向けて始動しだしたわけで、ある面では購買力の拡大など日本にも新たなビジネスチャンスが到来するともいえる。
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 次に米中の火ダネとなりつつあるのが、人民元問題だ。この問題は実に厄介で、中国が輸出企業保護を目的に市場介入していることに対し、米国は輸出メーカーへの「輸出補助金」そのものだと反発している。

 元は2005年7月に1ドル=8.27元から8.11元へ2.0%切り上げられ、さらに08年7月までの3年間に同8.11元から6.82元へと約20%上昇した。しかし10年6月18日までの2年間はこの水準で凍結され、6月19日にようやく「人民元の弾力化方針」が発表された。とはいえ、それから今日まで、9月央に一時1ドル=6.70元の最高値をつけたものの、3カ月間でわずか1.7%の上昇にとどまっている。

中国政府としては、1985年のプラザ合意を機に急速な円高となった日本円と同じ轍を踏まないよう、「主体的・制御可能性・漸進性」を為替決定原則として、変動より「管理」に主眼を置いている。しかし米国では「人民元の上昇は遅すぎ、幅も限定的」「対ドルで25〜40%の著しい過小評価」「安い人民元は輸出企業への補助金」などの声が議会や政府関係者から上がるなど、反発を強めている。

しかも米国では11月に中間選挙があり、全米鉄鋼労組などが対中制裁法案の早期可決を要望している。しかし一方で、中国に進出している企業で構成する米中ビジネス評議会などは法案可決に反対し、なによりも米国債の最大保有国である中国には配慮が必要と財務長官は米中戦略経済対話、G20、IMFなどを通じての対話路線を強調している。目先カギを握るのは、近く発表される為替操作報告書に、中国政府が為替を操作していると記入されるかどうかだと注目されている。

ただ中国もいつまでも突っぱねるわけにはいかず、世界の企業・技術・資源獲得を目的に、「戦略的切り上げ」を行う可能性が強まりつつある。しかも7800万人の労働者を抱える輸出企業にとっては元の切り上げは深刻かもしれないが、そのほとんどが労働集約産業であり、先に説明したように政府は大きく輸出から内需へ舵をきっている。「籠(=市場)の中の鳥(=企業)を、古いものから新しいものに取り替える」実験がすでに始まっている。
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2回で終わろうとしましたが、もう1回。最後は「尖閣諸島問題、こぼれ話」編です。
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